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アルミ鋳物メーカー、アスザック(株)アルミ事業部の部長のブログ

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何をさせるか

最近、労働管理に関する話題が少なくなってきました。世の中雇用管理が大変な時期なので、仕方ないのかも知れません。

つくづく思うのですが、「働く」ことの意味をどう解釈するかで見方は変わっていってしまう。
8時から17時までどこかにいれば「お金をもらえる」では働くではない、というのが私の考え方で、「お金」は価値ある仕事の「対価」であるという表現が正しいのでは。

「働く場所の確保」というのは雇用する側が使う言葉で、雇用される側が使う言葉ではないのでは?と感じます。

ここで組織というものを考えてみましょう。
営利企業は有る目的を持っている。
目的遂行のために役割分担を考える。
それが組織図になる。
その組織図には経営者のビジョンを実現するために「この役職の人にはこれを実現して欲しい」という意図が込められている。
人事を行う人間は、そのビジョンを実現できそうな人間をそこに当てはめる。

これが組織です。
よく言う「適材適所」は誤りで「適所適材」が大原則。

「私をどう使ってくれるか」という発想はとんでもない勘違い。
「私は何をすれば貢献できるか」というのがサラリーマンの掟なわけです。

だからよくシュプレヒコールで言う「労働者の雇用を確保しろ」というのは少々話がおかしい。
「私は会社にこうして貢献できる」ことを示す必要があるのです。

タイトルに「何をさせるか」と書きましたが、実は人事を司る側の一番の悩みはこれ。
仕事は日に日に変化していきます。
「私はこれしか出来ません」と言う技能者に何をさせるか。

結論から言えば「させることがない」のです。
その人の能力が会社の方針とマッチしなければ、なにもやらせることがない。

はっきり言ってしまえば「何でも良いから仕事を」というのは、非常に厳しい立場なのです。

会社をやっていれば、浮く人が出てきます。
これは別に性格的な問題とかではなく、ジョブマッチしないだけ。
それを周りが何となく感じる訳です。

そういった人にどのように仕事を与えるか。これが難しい訳です。
又この「仕事を与える」という発想は、利益活動に反しています。ジョブマッチするようにビジョンを変えるのは本末転倒も甚だしい。

「出来ない」といった瞬間にサラリーマンは終わります。

仕事の難易度は扱う金額によって決まります。自分がいったいいくらのお金を扱っているのか。

これからの日本人は常に高いレベルの仕事を求められる。

ホワイトのアウトソーシングが始まった頃から、それは顕著になってきていた。
派遣はその現実を国民が自覚するのを遅くしてしまったのかも知れません。

寒空の下で「線」を考える

本日は雨。もうすぐ2月のだというのに。
温暖化なのかなと、素人ならではの感想が出たりします。

大手企業の決算が軒並み桁違いの下方修正。
雪も降らない暖かさなのに、全く寒空というのが似合う現状です。

何をすれば良くなるのか。
どうすれば今の状況から脱出できるのか。

今世界の先進国国民は、その思いでいっぱいです。

左翼政治家はここぞとばかりに資本主義を酷評する。
ワークシェアなどという事実上強制的に個を小さな集団単位で扱う論法にすがりよる。

全員で苦しみを共有することは大切ですが、それは感情の話であり、現実の話では有りません。時として人は人を切り捨てていかなければならない。
「そんな残酷な」と思うかも知れません。
ただ、博愛の心は時として無尽蔵のループを生む。
自分の全財産をなげうってボランティアにかける人が本当に何人いるのか。

確かに極端なモノの見方かも知れませんが、救いきれなくなって「国の施設を開けろ」などと要求することは滑稽を通り越してしまう。大多数の国民は「家に帰れ」と言っている。

私も地方中小の経営に携わる人間として、より多くの人の生活を守りたいと願う。
ただ、必ずどこかに線が引かれるのがリアルであり、真実なのではないでしょうか。

昨日のニュースで老いた母親が障害のある二人の息子を殺傷して自殺未遂を図ったという悲しい事件を知りました。
障害者や様々な事変により突然社会活動に参加できなくなった人は沢山います。
乱暴な数字ですが、現在日本の障害者認定を受けている人は約350万人。程度の差は有るにせよ、その生活は想像を絶する過酷さ(自分の身に起きた経験があるので一般の方よりは解るつもり)です。
この母親を、住居付きで働いて貯金なしの人たちと同じ弱者として扱うのですか。

雇用対策や諸々はそれぞれが出来ることをやるしかない。政治家も経団連も私のような地方の経営者も、そして働く人もです。

どこに「弱者」という線を引くのか。
「国民」などと曖昧な定義をやめて、「守るべき弱者」の意義を見つめないと、進むモノも進まないでしょう。

人間は常に自分を「弱者」として認識しがちです。
それは生命がより良い安全な環境を求める以上、常に上を想像するからです。

だから必ず自分の前に線を引こうとする。
線を引くことで「線の向こう側」を否定できると勘違いしている。

簡単に言ってしまえば、人は自分をどこに置くかという認識によって違う感情を抱く。

弱者の評価は客観的でなくてはならない。絶対にまとめて表現のようなことはしてはいけない。そしてその定義は民主主義の立場からより多くの人が納得できるものでなくてはならない。

そして不十分で有るにせよ(改定の余地は大いにある)、私は税金を納め、そのお金が弱者救済に使われることに意義を感じている。

何故老いた母親に回らなかったのか、行政に対して不満も感じる。

ただ、今弱者として報道されている方たちの多くに、同じ感情を向けるのはどうしても抵抗がある。
やはりそれは線引きに疑問がつきまとうから。

向こう1〜2年、このような状況は続くのでしょう。
そしてその間に様々なアイデアが生まれ、生活環境も変わっていく。

たまの休日である明日、雨が続くと思うだけでもうんざりしますが、この景況が年単位で続くのかとおもうと、その不快指数は無限大。

私に出来ることを、一つずつ進めていくしかないのでしょう。
人それぞれ貢献の形は違います。
「社会は私の為に何をしてくれるのか」
ではなく
「私は社会の為に何ができるのか」


を今一度考えて欲しいと歴史上最悪であろう不景気の中、ひたすら願い、自分に言い聞かせています。

政治が行うことの本質

何らかの調査で、景気に対して日本人が最もナーバスになっているという記事がネットに載っています。政治不信だの何だとかかれていますが、ちょっと一言。

政治に行える事って何でしょう。

単純に考えて政治が行うことは立法です。そんな事は誰でも知っている。
法律を作って、景気が良くなる?

おいおいと思ってしまう。

あくまで個人の意見ですが、政治が行える経済対策は「ばらまき」と「減税」です。それ以外にない。
景気はあくまで我々一般消費者が購買行動を行うことで回復する。誰かが何とかして回復するならそんな簡単なモノはない。
逆を言えば、政治は金をまくしかないわけで、減税も有る意味金をまくことと同じなのです。

だから逆に国会の論点が「交付金」では悲しすぎる。そんなものとっとと支給してしまえばいい。

1、「どうやったら購買意欲を回復できるか」
2、「どうやったら将来にわたって雇用を創出できるか」

これしかないでしょう。

ここで間違えては行けないのは、精神論にならないこと。「安心安定」だから金を使うという論調は嘘です。そんなものは高度経済成長が再度発生するというあり得ない前提のもとに話をしている。そんな世の中は二度と日本には発生しません。

まず1ですが、これは減税しかない。車両の取得税や重量税をゼロにする、住宅を建てた人には還付金を出す。金を使う意志のある人に対して補助を出す方がお金の流通量が増えるのは誰もが解ることです。「交付金」だって3万円の買い物をしようと思っている人がいたとして、悩んでいたところで12000円の値引きになると思えば購買のトリガーを引くかもしれない。役に立たないはずがありませんよ。

2ですが、これは国がビジョンを描いて投資するしかない。今は世界中が次の産業を模索していると事。目星を立てて金をつぎ込むしかない。単純作業で安定職場など世界中どの先進国を見たってなくなっている。教育を含めた底上げをしない限り日本は工業国として成り立たない。国が行う雇用創出は「投資」でなければならない。間違っても「維持」のために使われるべきではないのです。


国の役割というのは変わってきていると言われますが、それは「国」という言葉に妙なセンチメンタリズムが入っているからで有って(マスメディアの誘導が多いと感じます)、組織の幹部と考えれば、論点が大きく変わってくる。

昔から土木一辺倒だった公共事業も、今は大分様変わりしています。お金の多くはITインフラや電気の関係に流れるようになった。
国土の狭い日本をこれ以上ほじくり返す必要は大分減ったと感じますし、時間は乏しくとも「ばらまき」の形は変わって来ています。

いずれにせよ、政治が行うことは「景気を刺激する」ことであり、前途の1、2が中心になります。
ただ、あくまで刺激策であり「明日生活が良くなる」ことはない。

国民の大多数が予算案の中身も知らぬまま「反対」。なんとなく総理大臣が悪い。野党の追及は胡散臭い誘導支持率による野次。

問題点の列挙など誰にでも出来るのだから(予算の中身を議論しているのかと聞いてみたくなるほど馬鹿馬鹿しい委員会が放映される)、とにかく早く予算を通してとにかく早く景気を刺激して欲しい。

それが本当に国民の為になることだし、政治のやることでしょう。
また、それしか出来ることはありません。

受け入れる力

「経済活動であるから致し方ない」という意見と
「労働力はモノではない」という意見に大きく二分されている印象があります。

ネットはそれこそ比較的に恵まれた環境下でないと参加できないという前提が有る以上意見は偏っているとしても、現在40万人以上が失業しようとしている現状から鑑みて、経済活動は大きな分岐点に達しているといって良いでしょう。

私はもう少しでサラリーマン生活13年を終えます。
それなりに一線で戦ってきた自負も有ります。

全ての人に共通とは思いませんが、私の労働に対する信念は「受け入れる」ということでした。

仕事をしていて「理不尽」を感じないことはない。弊社はこんなに頑張っている。従業員も頑張っている。何故買ってもらえないのか。全ての営利団体はこの状況に有るのです。

そこで切れてしまっては終わってしまう。
だからこそ知恵を凝らす。血を流す。

ただその前提には受け入れることが必要です。
自分の境遇を嘆く前に、受け入れることがなければ成長するどころか挑戦すら行えない。

無論、世の中には受け入れがたい理不尽も存在する。
私も理由不明の病気で失明したことがある。一瞬にして人生を奪われた。
医者の誤診も有り、「もう二度と見えるようにはならない」と宣告された。
結果として医者を変えたことで何とか日常生活レベルまで回復しましたが、私はそのとき誤診した医者を恨まなかった。

本当に前向きに生きていくというのは、周りを恨むことでは実現しない。
そう考えていたのかな、と思います。

現実をみましょう。
日本だけではなく、世界の先進国が瀕死の重傷に喘いでいる。
「政治が悪い」「大企業が悪い」で何が解決する?

現状を認識しましょう。
デモや運動を否定はしませんが、それがどこに届くのでしょうか。
給料というものは「人」に払うモノではなく、「仕事」の対価として払われるモノです。その時点で「人はモノではない」という議論はただの夢物語。

今置かれた状況にたいする抗議は必要でしょう。歴史的に見てそれが社会を動かしたケースも少なくない。
ただ、それと同時に自分の立ち位置を見つめ直してください。

あなたの足はアイデンティティーを確保するだけの太さでしょうか。
あなたが社会へ求めるもしくは与えて頂いているだけ、社会に還元していますか?

憤慨やるせない気持ちを持ちながら、みな進んでいるのです。

受け入れることと許すことは違います。

許さないと進めないというのであれば、なんと悲しいことか。

一歩を踏み出すのは、自分自身です。

オバマという象徴

昨日、TV各局はアメリカ合衆国の新大統領就任パレードを生中継で放映していました。
事実上、世界の新しいKINGに就任したオバマ氏の肌は褐色で、本当にその光景をみると鳥肌がたつ感触を持ちました。

海外で多少でも仕事をしたことのある人間は、人種差別の激しさやナショナリズムのもたらす驚くべき執念を知っています。

人種差別王国とも言える米国に誕生した黒人大統領。

なんという奇跡が起こったのでしょう

選挙戦をみても、正直私はマケイン氏の勝利を信じていました。
アメリカ人はNo.1であることを好み、不況などには必ずタカ派の人気が高まること、ベトナム戦争の英雄であるマケインが負ける姿は想像できなかった。

ところが急転直下、世界を恐慌が襲った結果、まさにシンデレラボーイが誕生する。

どんな名脚本家でも書けない筋書きではないでしょうか。

「我々はやれるんだ」
という、非常に明快な問いかけに、全米は熱狂しました。

今、大切なことは「先が見えない」状況の中で「一人一人が責任を持って進むのだ」と群衆に犠牲を求めるリーダーであることを体現したことが、21世紀最初の奇跡を生んだ理由でしょう。

多くの群衆は、これからなお厳しい状況が続くことをどこまで認識しているか解りません。
「誰かが何とかしてくれる」は、自己犠牲と自己鍛錬を忘れかけた現代人にとって「宗教」そのものであり、麻薬以上の依存性を持った発想です。

それにしてもなんとスマートな大統領でしょう。
海千山千のアカがついていないかと思わせるほどクリーンなイメージを持った若き褐色の獅子は、これから何をやっていくのか。

大きな期待と夢、そして一抹の不安を抱かせる新世代のリーダーとして、東洋の島国から私も見つめていきたいと思います。

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