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アルミ鋳物メーカー、アスザック(株)アルミ事業部の部長のブログ

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引退を考える

今朝NHKニュースにて、今韓国ではeスポーツというのが大ブームとなっているという小特集を放映していました。
Eスポーツとはいわゆるネット対戦ゲームのこと。プロチームもあり、実力のある選手は年収1000万円を超えるのだとか。
ショーアップされたステージで、選手がパソコンに向かってひたすらゲームをする。選手はマウスとキーボードを正確に早く扱うための筋力強化をする。

まあ、スポーツと呼べなくもないのでしょう。


スポーツは大きく分けてビジネスと趣味・健康作りに分かれます。
ビジネススポーツ選手はやはり頑張っても40歳くらいが限界で、その後は蓄えた資金などでビジネスを行ったりするようです。


私は今35歳。
この事業所にきて設計を担当していた頃、一日18時間くらいパソコンに向かっていました。30歳くらいの時でしょうか。
自分でも思うのですが、パソコンの画面相手に馬鹿のような早さで作業が行えるのは30歳前後まで。伸びなくなるのです。
実際にもっと高齢の設計やSEの方もいらっしゃいますが、正直経験によって若者より早いだけで、実際の作業やひらめきの部分では絶対に勝てないと私は思っています。
未だに事業所内では飛び抜けた「設計業務」の能力を持っているかも知れませんが、やはり正直引退かなと思っています。

引退とは、色々と感慨深いものです。
せまりくる若者の「伸び」と「エネルギー」を見たときに、正直に言って「こいつらには追い抜かれる」と思ったし、今となってはそれこそが会社(組織)の成長なのだと感じます。

スポーツ選手も様々な理由で引退する。それこそ名声を得て華々しくされる人など極わずか。学もなく技術もないため、その後の生活に窮する人も多いようです。

引退とは過去の自分にあった輝きとの決別なのでしょう。

成功体験は麻薬のようなものです。
それを捨てることは確かに大変なのです。


ただねえ。
Eスポーツの選手ってどうなのかと。
私の感覚が正しければ、よくて30歳くらいが潮時。
韓国の感覚はわからないけれど、本当にただのゲームオタクともいえなくもない人になってしまう。

リアルスポーツが正しいとかそういった議論ではなく、やはり日本人の感覚だと「?」がついてしまう。

日進月歩のIT産業で、実際に価値を生み出すサービスやソフトを主導している人は数百人と言われる業界。ハッキングやブラインドタッチの能力が金になるとも思えないし。

エンターテイメントの業界に身を置くことは苦しいことなのだと感じます。

そう考えると、サラリーマンとはなんてお気楽な職業なのでしょう。
一度上昇をあきらめて「窓際」を決め込んでしまえば、本当になにも考えずに給料をもらえる。引退は社会が何となく風習法として決めた60歳。

さて、色々な引退の形が有ります。

ただ、より多くの引退機会を得ることが出来る人は、幸せなのかも知れませんね。

2009年始まる、立てよ日本人

あけましておめでとうございます。
いやな話ばかり耳にする年末でしたが、ここは一つ気持ちを切り替えて望みたいところです。

いや、昨年は本当に予測がつかないほどのショックが世界を駆け抜けました。
調子が悪くなると犯人捜しが始まりますが、なんだかんだ言って景気を左右するのは個人の消費。
稼いだ金を使うか使わないか。
生きるために最低限以上のものを当たり前として使うようになった人類は、沢山のモノを消費するようになりました。

消費がないと生産活動が回らない。
すると収入が減り、消費が減る。

結局、使うか使わないかの問題です。それがマンションだろうが投機だろうが、ちょっと背伸びした外食だろうが同じ事。

私も営業責任者としてお客様を回っていて感じます。
確かにこの不況は長引くだろうということを。

何せ企業が銀行から金を借りられない。
大規模な投資が行えないだけでなく、小さな投資も行えない。

これがいわゆる「信用収縮」です。


まあ、2009年はさらに暗い年になるでしょう。

ただし、せっかくビジネスマンとして100年に一度と言われる大津波のまっただ中にいるなら、やるべき事は有るはずです。

内燃機関という20世紀の化け物が死に絶えようとしている。
金融商品の危うさが完全に露呈した。
先進国でほぼ全ての国が人口減少(移民流入は別として)というかつて経験したことのない事態(人口が減ると消費も減ります)に直面している。
ホワイトカラーさえ日本に残らないかも知れないほど、グローバルなアウトソーシングが定着。

これが今の現実です。

人々の生活がある限り、経済活動の停止はあり得ない。
再び立ち上がることが出来る人間が21世紀の主役となっていく。

ドラえもんに描かれた21世紀とは違ったけれど、変化のスピードに殆ど全ての人がついていけないという異常事態に、仕事人なら奮起するべきでしょう。

まだまだメイドインジャパンは通用します。
それは、「日本製」という意味ではなく「良い日本製」という意味で。

昨日と変える勇気をもて、日本人。

トキとデモ

佐渡で放鳥されたトキが一羽、かわいそうな姿で見つかったというニュースが先日流れ、個人的には「野生というのは難しいのかな」と感じながら見ていました。

中国産のトキを日本に根付かせる運動が良いかどうかは意見が分かれると思いますが、現実の問題としてたった8羽の鳥が自生していくのは難しいのでしょう。

ところが。

今朝のNHKニュースで、「佐渡・新潟県民は悲しんでいる、えさを与えてはどうか」と国当ての文書が提出されたという報道があり、笑ってしまいました。
どう考えても役人が考えた事だと思うし、それを天下のNHKが連合のデモ放送の直後に伝えるというのだから始末に悪い。

「結局役人は口で言うだけで企業や市民の苦境より、公共事業なのか」と思ってしまう。

タイミングが悪すぎます。

誰もトキの保護活動をやめろなんて言わないでしょう。
日本人は動物愛護に関しては節度を持って対応できる数少ない民族であるし、私も犬を飼っていますから、情緒的に続けて欲しいと思う部分もある。

ただ、あのデモに参加している人たちはどう思うのでしょう。

トキのエサより自分の飯。
そう思うでしょう。

公益性と私欲は欲求階層説にも有るように、経済状況や環境がある一定の条件を満たさない限り融合しません。
自分の飯が食えないのに、情緒を訴えられても「ばかやろー」となってしまう。

いくらネタが無いといっても、そのくらいの配慮は必要なんじゃないの?と思った一幕でした。

報道は事実を伝えるのではなく、真実を伝えなければならない。

ジャーナリズムの世迷い言ですが、一面の心理です。
言葉を発すると言うことは、難しい事なのです。

いよいよクライマックス、大手3社

上院での否決というショッキングな事態を受け、米大手の自動車メーカーがいよいよ最後の試練を迎えています。
わりと楽観的な報道が多かった事もあり、円も急騰。いよいよ80円台という高値をつけました。
残りわずかの期間に、全く国際競争力のない自動車メーカーを救済するのかどうか。現在の大統領は思案のしているのでしょう。

アメリカの自動車産業は他国の同じ産業にない特徴をいくつも抱えています。
一つは自国がドル箱であるという事実。ご存じのようにアメリカはガソリンが安く(日本の半値くらい)、面積も広大。ちゃちな車は売れる土壌ではなかった。
又世界中から金を集め、借金をしてでも消費に回すという独特の消費癖がある。
又、他国に例が見あたらないのが賃金の高さ。労働者の平均時給が7000円。
全く持って意味がわからない。
既得権益と感じて、会社が潰れようとも賃下げを飲まない組合がいるのもうなずけます。

とはいえアメリカを支えてきた基幹産業である自動車をどうするのか。

議会は選挙のために否決しました。
行政はどのような対応をするでしょう。
本音を言えば、破綻前に時期大統領に引き継ぎたいのが実情でしょう。

解決策はない。

これが本当のところ。たしかに「一度つぶしてしまえ」というのが唯一の解決策なのではとおもってしまう。

あのトヨタですら赤字。ものづくりの神様と歌われた企業がわずか半年で赤字に転落する。
カイゼンの効果は売上に勝てないという、ごく当たり前のことが表面化しただけですが、多くの日本人はショックを受けたでしょう。

今は固唾を呑んで見守るしかありませんが、私は一度リセットしてしまう方に一票です。

戒めというものの見方

皆様は、「法廷から」というコラムをご存じですか?
筆者もそのコラムの著者などは詳しくないのですが、グーグルで上記を打ち込めばずらーっと出てきます。
著者が法廷を傍聴し、その様子をコラムとして綴っています。

裁判自体が犯罪を裁くモノですから当然楽しいモノではありませんが、何故被告が犯罪者になってしまったのか、人はどれほど物事を真剣に考えているのか。
そして、何とも言えない哀しさが感じられるコラムです。

元々法律は人間だけが持つ特殊なルールです。
コミュニティーが作り出した、偉人に言わせれば「文明」最大の発明品が法律であり、法を破ることは許されないことです。

私も法律には詳しくないけれど、このコラムは法そのものを扱うのではなく、裁判を通じて「人間」というものが持つ不条理を克明に記録しています。

これだけ景気が悪く金回りが止まれば、いくら日本とはいえ犯罪が増加するでしょう。
生き残るために犯罪に手を染めるのは、ノリや見栄で大麻を手にする事とは異なります。

やはり動機の正しい解明というのは、犯罪予防学にとって最も重要な観点であり、一番重要視しなければいけないポイントなのでしょう。

15年近く前、私が大学に通っている頃住んでいた茨城県の水戸市は、お世辞にも治安がいい都市とは言えませんでした。
不法滞在外国人の巣窟(当時上野のイラン人が問題になっていましたね)で、日常茶飯事に犯罪が起こっている印象でした。

外国人犯罪の多くはお金が目的。わかりやすい。
日本は木と紙で作られた家に住む世界でも希なのほほん国家で、外国人とはサバイバルに関する能力が足りないと言われています。

サイコな事件が少ないことから、日本人は動機を一辺倒に想像しがちです。
「性根のところで悪い人はそれほどいない」
と思っている。
これは宗教観も重なり欧米や世界の各国と大きく異なった理解で、非常にデリケートな問題になりつつある。

文化が交流すれば、否応なしに犯罪も世界中を飛び回るし、犯罪の質も移ってくる。

動機を「ふつうこうだろ」と考えることに無理が生じているのです。

コラム内で、法廷での被告人証言があまりにも馬鹿馬鹿しく、裁判官や検察官が激怒するシーンが何度となく描かれていますが、常軌を逸脱してしまった人間に常識を問うことの難しさと滑稽さが、この問題の根深さを強く語っています。


読んで感じるのは、刑罰の本質が戒めの側面を強く持つようになった(飲酒の厳罰化など)昨今、より以上に動機の解明をすることで、犯罪予防に時間とコストを割くべきだと、強く感じます。

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