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アルミ鋳物メーカー、アスザック(株)アルミ事業部の部長のブログ

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今の日本論を地方からぼやく

ついにバブル崩壊の水準に達した円高。
日本は輸出立国です。自国の消費能力に対して付加価値生産額が高い場合、輸出によってその付加価値を消費しなければそろばん勘定が成り立たない。
このようなクライシスに対して、主に自動車産業などは現地生産を推し進めてきましたが、まだまだ足りなかった結果なのかと感じます。

弊社も海外に工場を複数個所有していて、基本的に日本国内消費製品を生産しているため、円高は有利に働くことが多いですが、そうは言っても主力産業がこけてしまえば日本自体が沈没してしまうことになり、あまりいい事ではない。

1500兆円にのぼる個人資産を持つと言われる日本人。

やはり今は消費を行うための政治や経済活動を行わなければなりません。


そういった中、住宅ローン減税や自動車減税は非常に有効であり、即時でも実行すべきだと感じます。
これはマーケティングの観念からも言えることで、購買活動に荷担する人たちの中で実際にトリガーを引こうとしている人たちが二の足を踏んでいるから金回りが悪くなっているのであり、こういった製作が最後の一押しになることは確実だからです。いわゆる「心へのノック」になります。

消費は経済活動の大前提であり、消費したくなる環境が必要なのです。

企業だけが金を持っているという感覚は、どこかで見切りをつけなくてはいけません。
現実に日本の企業はそれほどお金を持っていない。
先日破綻したアーバンコーポレーションなどは、一人当たりの給与水準が日本一だったことで有名ですが、一攫千金は有史以来の人間の歴史では必然と呼べるモノ。ただ、ものづくり企業でない以上終わりがきただけです。

今企業が考えなければいけないのは、やはり「安さ」より「価値」なのでしょう。

しかし、その価値は迷走している。

一言でいってしまえば「エコ」以外の商品が見つかっていないのです。

私も営業責任者として短、中長期の販売活動やその先を考えます。
市場に必要とされる製品は何か。
ただ、エコ以外の価値観が世の中から消えている現状に悩まされることがある。

環境問題は深刻なのだろうから、とても重要なキーワードで有るし、それほど遠くない未来の人類にとって必ず必要な技術でしょう。

ところが先進国消費者の希望は「エコ」ではなく「出費の少ない製品」になっている。
「エコ」が取り違えられて販売に使われている。

太陽電池などはエコの代表格として捕らえられていますが、誰がどう考えたって原子力発電の方がクリーンかつ高出力なのは解っている。人類は毎年8000万人増えていると言われる中、地表を覆っていくソーラーパネルが農地を減らしていくのが正しい選択でないのは誰もが知っています。

太陽電池はビジネスなのです。クリーンエネルギーですが、人類とは共存しないのです。

今後地方の企業が狙っていく産業はなにか。
「今の為替水準が妥当だとは思えない」と強烈な不快感をあらわにしたホンダの福井社長でしたが、利益獲得の源泉が北米(世界中の企業がにたりよったり)であるという偏りがこの現象を発生させているという事実に目を背けるわけにはいきません。


いや、それにしてもアメリカとは本当に不思議な大国です。
右に傾倒した路線(共和党ですし)を取ったブッシュ大統領には世界中から避難が集まりました。未だに日本の報道でも「アメリカ発の金融危機」という言葉を使いますが、アメリカに買って貰わなければ世界第二位の経済大国日本ですら、全員ホールドアップとはなんとも悲しい話です。

そのアメリカに対して、今最も価値のある通貨をもつ日本。
1500兆円という個人資産を持つ日本。
そして環境名目技術立国として様々なビジネスチャンスを持つ日本。

今一度ビジネスのあり方を見つめ直し、立ち上がる力を持っているのは日本だと、全ての状況が説明しています。

時代を経ても愛される、生き残れるモノとは

突然ですが「ガンズ アンド ローゼズ」というアメリカのロックバンドをご存じですか?
1980年代に世界的な大ヒットアルバムを製作するも数年で空中分解し、なんと今月17年ぶりに新作アルバムを発表しました。ペプシ社が面白半分にアルバムが発売されたら、アメリカ国民全員にドクターペッパーを無償で提供すると言ったこともでも話題になりましたね(本当に配っているらしいけど)。

私は学生時代バンドを組んでいたこともあり16歳くらいからロックに傾倒し、リアルタイムでこのバンドの音楽を聴いていた世代。

昨日たまたまショップで見つけ、思わず買ってしまいました。
早速カーステレオから流れるその音楽は、正直にそして素直に「かっこいい」モノでした。
まあ音楽オタクの難癖はともかく、個人的にはロックがアメリカ、そして日本の音楽シーンを風靡していた頃のサウンドにしびれながら帰宅しました。

大衆文化の権化である音楽も時とともに進化を繰り返し、時代背景を色濃く残すと言われます。

うーん、それにしたって17年前ですよ、前のアルバムを発表したのは。
メンバーが入れ替わってサウンド的には変わった印象ですが、「これはガンズ」と私は思いました。音楽の指向性も変わっていない。

そして、それを聞いて未だにかっこいいと思えること。

何なのでしょう、この感覚は。
単純にアーティストが天才というだけですまされるモノなのか。

生き残るモノというのは、何かしら本質をついた揺るぎないモノを持っているのではないか。

そんな気がしてしまいます。

11月の発売にして、2009年度の最多出荷アルバム間違いなし(初回出荷が400万枚だとか・・)と言われるモンスターアルバム。

話題性だけでそんなに売れる物ではありません。

何か、あるのです。

職業柄の悲しい特性かすぐにビジネスに話がいってしまいますが、物売り・ものづくりにも同じモノが有るのではないでしょうか。

時代が変わっても変化しない特性が。

「よいものは良い」
と表されるような会社にしていきたいモノですね。

へこたれそうになったとき

人は見通しが立たないことに対して、色々思いをはせます。
大抵の場合、暗く考える。ただし、結論も出ない。
嵐が通り過ぎるのをじっと待つ。

嵐は全てをなぎ倒し、押し倒していく。

人間は自分がどうしようもない力による犠牲を受け入れる力を持っている。
本人が望む望まないに関わらず、生きていかなければならない宿命を受け入れる。

何故嵐が来るのを知っていて、嵐に耐える環境を用意しないのか。

嵐の後、呆然と立ちつくすくらいなら、何かやっておけることが有ったのではないか。

たいていの人は、過去の自分の判断を悔やむ。
ただ、過去の自分が怠慢だったと反省する人は少ない。

間違っていたのは、判断ではなく怠慢な態度をとったこと。

やるべき事、やれた事を瞬時の快楽を選択して逃げ続けたこと。
本当の目的を見失い、己の所行に陶酔したこと。
受け入れる試みをしなかったこと。

へこたれそうになったとき。
それは間違いなく嵐が通り過ぎたあとでしょう。

何もかもが過ぎ去り、ぽつんと自分が取り残されるような錯覚。
一歩目はどちらに向けたら良いのか。
この手はまず何を掴めば良いのか。

まあ、そういうときはへこたれてみませんか。

へこむだけへこんだら、もう一度上を見ましょう。

嵐の前に戻れることは有りません。

壊されたものをただ見つめていても、元通りには戻りません。

ただ、上に有る空は常に高く、蒼く、あなたの上にある。

「まあ、こんなもんだ」
と私はよくつぶやきます。

それが前に進むための心構えというモノです。

美しさとは

 無機物と有機物。
人それぞれにイメージが有ります。どんな事を想像しますか?


弊社はアルミ鋳物のメーカーです。販売品目は広く、一般過程に使われるフェンスに始まって、精密機械に使われる部品まで、砂型鋳物が活躍する場所があれば何でも造ります。

P1020250.jpg

写真は、弊社がベトナムで販売しているオリジナルフェンスのカットです。弊社VN工場の玄関に展示してあるのですが、良いカットが撮れたので載せてみました。
冷たい金属感の中に、色気を感じる製品です。
日本では最近の流行で、こういったコテコテのデザインは好まれませんが、アジアでは欧風で重厚感のあるデザインが主流です。


P1020178.jpg

この写真は、弊社の有る長野県は高山村をさらに山に上がっていったところで先週撮影した紅葉の写真です。日本百景にも数えられるほどの紅葉の名所であり、そのスケールには圧倒されます。葉が散るのは生命の法則とは言え、哀愁を感じざるを得ません。

 前者は無機物の美しさ、後者は有機物の美しさです。


美しさは、見た目だけで決まるモノでは有りません。生き物だろうと何だろうと、それがそこにその形で存在するには理由が有る。

無機物はその滑稽な迄の不動感と確固たる存在感がそれを裏打ちする。
有機物は必ず消えゆく運命の中、頑なに不安定な調和を保ち続けようとする。

存在することがそこに有る理由であるのかもしれない。

自身の物語を感じるような存在。見る者にそれを感じさせてしまう存在。

それが美しさなのかも知れません。

「赤福」食べられなくなってしまうの?

 又内部告発によるモノだとは思いますが、伊勢の銘菓「赤福」が窮地に追い込まれています。うーん、個人的には好きなお菓子だったので、残念です。現実として次に食べられることは有るのか、微妙です。

 名古屋方面に出張すると、希におみやげとして買ってきては食べていたので、本当に残念。別にお腹が痛くなったことも有りませんし。

 現実問題として赤福規模の企業が、消費変動を予期して生ものを常に新鮮に出荷するというのは難しいのでしょう。気のゆるみからああいう行動を取ってしまった。
 ミートホープの社長が逮捕されましたが、あからさまに消費者に嘘をついてしまったという点から、同じ状況なのでしょう。


 「新鮮」は、赤福の売りなのでしょうか。ちなみに私は一度もそんなことを気にした事は有りませんでした。私は葛飾北斎、小林一茶で有名な小布施町出身。小布施にもお土産用のお菓子屋は沢山あります。叔父が有名な菓子屋の専務だったこともあり、なじみが深いのですが、お土産用の菓子というのは日が経っているモノです。いつ売れるか解らない。

 拡大を目論んだときに、無理矢理引き出したコンセプトが「新鮮」だったのではないかと逆に勘ぐってしまいます。

「赤福」は伊勢神宮の横町に本店を構えています。その歴史と伝統という絶対的な文化を持っている。
 何か企業としての寂しさを感じる話です。

「食」に関しては消費者は過度に反応します。それは弊社もグループで食品を取り扱う事業所が有るため、身をもって知っている。業種による問題かとも思いますが、

 問題は、「嘘」に有るのでは無いでしょうか。

無いモノを有ると言う。出来ないことを出来ると言う。間に合わないモノを間に合うと言う。

 企業が、企業戦士が陥り安い甘い罠なのです。


ちいさな嘘から始まった、赤福の再生利用問題。
もしかしたら長い歴史をもつ銘菓が伊勢から消えてしまうかも知れません。

嘘をつかなくて良い企業作り。

老舗のブランドはなし得なかったのかも知れませんね。
寂しい話ですね。

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