少し劣勢な「心の豊かさ」
金。
いきなり無節操な一言ですが、無節操と感じるのは日本人独特の感覚であるそうです。欧州などでは、自分の年収を廻りに告げることは(額が多い場合でしょうが)珍しくなく、沢山稼いでいることを自慢する様です。
一時、ホリエモンさんが時の人でしたよね。その時「金で買えないモノはない」と発言したとかで、話題になりました。
さて、皆様はどう思いますか?
貧しくとも幸せな家族は、実在するでしょう。金持ちでもあまり人として満たされない人生も又有るでしょう。金が有れば全てを手に入れられる訳ではないかも知れません。
日本では文化として「金にがめつい」人に対して嫌悪感を持つ人種ですよね。「武士は食わねど高楊枝」を訳せる外国語はない気がします。それほど特殊な文化を持っていることは認識した方が良い。
その上で敢えて言いますが、お金は必要なのです。それも沢山。そしてそれは誰もが思っている事でしょう。
「拝金主義、成金趣味」という言葉。これはひいき目に見ても「やっかみ」です。逆に言えば現在の日本にお金ゼロで生活できる人は存在しない。誰がどう考えたってお金はたくさんあった方が良い。
結局ホリエモンは逮捕されましたが、これは拝金主義が原因ではなく、ただの自信過剰が原因でしょう。ライブドアを立ち上げた時から商法違反をしていた訳ではないですし。
お金で買えるモノは沢山あります。物質だけではなく、これだけ世界を飛び回れるインフラが発達した現在、経験や知識までお金で買える時代なのです。宇宙から地球を眺めるという子供の頃皆が夢見た事すら、お金で買える時代になっています。
結局お金でどうにもならない事とは、人間の心を動かす事だけなのではと感じます。
翻ってチープな人権主義者が唱える「心の豊かさ」をスローガンにした主張は、それこそが人間の価値で有るかのごとく唱えますが、これはえせ宗教にもにた響きを感じます。逆に「豊かな心」で人間は生きていけるのかという単純な問いに答えることはおそらく出来ないでしょう。
人間それ自体に価値が有るという主張は、生命を維持する事を前提としています(これが前提でなければ、生命活動を営む必要がない)。生命の維持には平等であるという概念は存在せず、生存競争を前提としたモノです。生存競争に優れた能力を発揮するモノはより繁栄していく。これは疑いの余地がない。
金儲けは生命活動における競争です。そしてより多く稼いだモノが賞賛される。どんなお父さんも家に帰れば「もっと稼いでこい」と叱責されているでしょう。
心の衝動以外は全て買える。それがお金です。今では知識、経験、食料、アメリカでは遺伝子まで商売になっている(倫理上の問題はさておき)。
人間の価値を主幹として考えれば、1点以外が全て買えるのであれば、「何でも買える」と表現しても差し支えないのが結論でしょう。
それに対する反論を、人類は宗教以外持ち得ないのも事実です。
「金派」vs「心派」の言い争いは、かなり後者の立場が危うくなっているのではないでしょうか。
いきなり無節操な一言ですが、無節操と感じるのは日本人独特の感覚であるそうです。欧州などでは、自分の年収を廻りに告げることは(額が多い場合でしょうが)珍しくなく、沢山稼いでいることを自慢する様です。
一時、ホリエモンさんが時の人でしたよね。その時「金で買えないモノはない」と発言したとかで、話題になりました。
さて、皆様はどう思いますか?
貧しくとも幸せな家族は、実在するでしょう。金持ちでもあまり人として満たされない人生も又有るでしょう。金が有れば全てを手に入れられる訳ではないかも知れません。
日本では文化として「金にがめつい」人に対して嫌悪感を持つ人種ですよね。「武士は食わねど高楊枝」を訳せる外国語はない気がします。それほど特殊な文化を持っていることは認識した方が良い。
その上で敢えて言いますが、お金は必要なのです。それも沢山。そしてそれは誰もが思っている事でしょう。
「拝金主義、成金趣味」という言葉。これはひいき目に見ても「やっかみ」です。逆に言えば現在の日本にお金ゼロで生活できる人は存在しない。誰がどう考えたってお金はたくさんあった方が良い。
結局ホリエモンは逮捕されましたが、これは拝金主義が原因ではなく、ただの自信過剰が原因でしょう。ライブドアを立ち上げた時から商法違反をしていた訳ではないですし。
お金で買えるモノは沢山あります。物質だけではなく、これだけ世界を飛び回れるインフラが発達した現在、経験や知識までお金で買える時代なのです。宇宙から地球を眺めるという子供の頃皆が夢見た事すら、お金で買える時代になっています。
結局お金でどうにもならない事とは、人間の心を動かす事だけなのではと感じます。
翻ってチープな人権主義者が唱える「心の豊かさ」をスローガンにした主張は、それこそが人間の価値で有るかのごとく唱えますが、これはえせ宗教にもにた響きを感じます。逆に「豊かな心」で人間は生きていけるのかという単純な問いに答えることはおそらく出来ないでしょう。
人間それ自体に価値が有るという主張は、生命を維持する事を前提としています(これが前提でなければ、生命活動を営む必要がない)。生命の維持には平等であるという概念は存在せず、生存競争を前提としたモノです。生存競争に優れた能力を発揮するモノはより繁栄していく。これは疑いの余地がない。
金儲けは生命活動における競争です。そしてより多く稼いだモノが賞賛される。どんなお父さんも家に帰れば「もっと稼いでこい」と叱責されているでしょう。
心の衝動以外は全て買える。それがお金です。今では知識、経験、食料、アメリカでは遺伝子まで商売になっている(倫理上の問題はさておき)。
人間の価値を主幹として考えれば、1点以外が全て買えるのであれば、「何でも買える」と表現しても差し支えないのが結論でしょう。
それに対する反論を、人類は宗教以外持ち得ないのも事実です。
「金派」vs「心派」の言い争いは、かなり後者の立場が危うくなっているのではないでしょうか。
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