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アルミ鋳物メーカー、アスザック(株)アルミ事業部の部長のブログ

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望まない人生など価値がない

一時期スローライフなんて言葉が流行りました。
ゆっくりと自分流の生き方を過ごしていく。
私はそんな風に解釈しています。

まあなんというか、一種の悟りのような感覚がありますね。

私はどちらかというと、そういった空気とは違う人間かと思います。
正直に言って意味がわからない。

自分流の生き方ってどんなモノなのでしょう。

私には皆目検討がつかない。


自分らしさ、個性。

そんなモノは周りがいて初めて決めてくれるモノ。
自分で「これが私らしさ、私の個性」というのは、正直ばかばかしいのでは。
自分らしさという時点で他者との比較が始まっているのだし、文明を謳歌する現代人に完全なる解放などあり得ない。


超常現象のような話に聞こえてしまいます。


自分を他人がどのように評価してくれるか。
これは有る意味集団生活をする上で非常に大切な観点です。
そして、それを無視するような事は絶対に有ってはならない。

この地球にはそれこそ数え切れないほどの生物が存在し、様々な営みを行っています。
そして人類ほどではないにせよ、高度に知能が発達した動物は群れて活動している。

生き残るために、群れている。


行き急ぐ必要は無いけれど、自分流人生なんて死んだときに周りが評価してくれればいい。
生きているうちから「自分の存在場所」「自分探し」なんて、どうでもいい。

と、今の私は思っています。

望むから、裏切られる機会が発生し、人は苦しむ。
だから望まなければいい。

こんなに悲しい話があるのでしょうか。

私は10年前、両目の完全失明という大病をしました。
「生きていることに価値がない」
と感じ、自殺願望を持った事もあります。

奇跡的に病魔から解放され日常生活を送るようになってから、強く感じるようになった事があります。

強く望むことは全てのスタートだと。
目が見えるようになりたい。家族と幸せな生活を送りたい。バリバリと仕事をしたい。

望まなければ始まりません。
そして走り続けた結果、周りの景色が変わりました。

自分へ望むようになったのです。
「今は駄目だけれど、こういう努力と工夫をして実現する」
と考えるようになりました。


私自身がどういう人間かなんて、正直解りません。
仕事柄会社のスタッフについては得手不得手などを詳細に観察していますが、さて自分はと言われると解らない。

人間なんてそんなものです。


望んで汗をかいて走った結果を周りは「個性」として評価してくれる。


先の見えないこの時代だからこそ、夢を追いましょう。望みましょう。
そして他人との調和の中で、がむしゃらにやりましょう。

もはや日本人にスローな人生など許されないのではないでしょうか。

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